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……タイッ!?_21

クモリゾラ

 晴天とは言いがたい空模様、西の空には薄暗い雲が渦巻いていた。
「やだなー、走ってる最中に雨降ったら最悪なんだけど……」
 里美は空を仰ぎ見ながら呟く。
 本来のプログラムでは彼女の参加する女子千メートル走は午前の予定だった。しかし、前日の雨のせいで繰越になった競技がいくつかあり、午後からの開始となった。
「大丈夫だよ。予報だと夜からって言ってたし」
 クーラーボックス片手にビデオを構える紀夫。その先では理恵がポージングをしており、さすがに彼も苦笑い。
「予報なんてアテにならないわ。っていうか、もし今日駄目だったらどうなっちゃうんだろ?」
 風が強くなると嫌な予感が増してしまう。
「確か来週の日曜が予備日だから大丈夫よ」
 久恵がプログラムの隅を指しながら言う。けれどそれはそれで緊張状態を引き伸ばすことにもなる。実のところ線の細い里美はそれが不安だった。
「あらあら里美ちゃん、緊張してるの?」
「きゃぁ!」
 背後から急に顔を出す紅葉に驚きをあらわにする里美は、眉をしかめていたずらっ子の先輩を睨みつける。
「もう、脅かさないで下さいよ」
「ごめーん。緊張をほぐしてあげようと思ってさ……」
「緊張なんてしてません! 結構です!」
「そんなこといっちゃって~」
 嫌がるほどに絡みつく紅葉の様子は獲物を捉えた猫そのもの。他の部員達はターゲットにされることを嫌がり、遠巻きに眺めているだけであった。
「香山さん、ビデオなんだけどさ……」
「ん? ああうん。お願いね」
「いや、それがその、なんかビデオの調子が悪くて、もしかしたら撮れないかも……」
 ビデオのモニターには赤い線がいくつも走っており、音もガギガギ言っている。
 少ない部費を集めて買った二世代前のカメラは、今年で三年目を迎えており、既に寿命が訪れている。騙し騙し使っていたとはいえ、もった方だと歴史を知る二年生は頷いていた。
「え? ちょっとそれは無いんじゃない? せっかくの晴れ舞台っていうか、フォームとかもチェックしたいのに……」
 けれど出番を控えていた里美にしてみれば納得がいかない。たかが動画で保存されるだけとはいえ、擬似的にドキュメンタリーの主役になれる機会を逃すのが嫌だった。
「もう、使えないマネージャーね。ちゃんと管理なさいよ!」
「もう寿命なのよ。仕方ないけどね」
 紅葉が真っ赤になる自分の映像を見ながら「これはスプラッターね」と楽しそうに言う。
「だって、あたしの……」
「いいじゃない。皆でシャメ撮っておいてあげるからさ」
「そんなの……」
 部員の携帯電話で交互に撮ればそれも可能かもしれないが、陸上部のアーカイブに残る切れ切れの動画など、あまり嬉しいものでも無い。
「ゴメン」
「あんたのせいじゃないんなら謝らないでよ。ムカツクわ!」
 それだけ言うと、里美は一人アップを始めだした。

**――**

 競技場の周囲を走り、体を温める里美だが、心中は玉虫色に乱れていた。
 ――何怒ってんだろ、あたし。
 本当のところ、ビデオのことなどどうでも良かった。
 誰かに当り散らしたい。それが怒りの真の理由。
 最近は気が滅入ることが多い。
 紀夫はあくまでもマネージャーであり、都合の良い存在。男として意識する必要は無く、適度に愚痴を聞いてくれればよいとさえ思っていた。
 けれど、最近の彼は理恵や久恵と妙な雰囲気を醸しており、それを意識すると今度は紅葉にからかわれる。
 ――ハズレを引いたのかしら?
 紀夫ごときにそんな甲斐性は無い。けれど、欲求不満なのは彼のほうではなく、相手のほう。断れない彼ならあるいはその誘惑に耐えられず……?
 ――ばっかみたい。そんなの好きにやってればいいのよ。
 走るペースを上げる。アップにしては少しオーバーペースだが、今の彼女にはそれぐらいの速度が必要。余計な思考を振り切るのだから。

**――**

 お昼になるとまた例の男子が用意してくれたお弁当が広げられる。連日用意してくれるのはご苦労なことだが、予算と謝礼は部費から出しているらしく、それほど気兼ねは無い。部員達はイタダキマスの掛け声と一緒に箸を伸ばしていた。
 女子の輪に入りづらい紀夫は今日もコンビニおにぎりを買っており、一人はなれた場所でスケジュール表を見ていた。
 残すところ女子千メートル走のみ。閉会式は予定外の雨のせいで予備日に行うらしく残る必要がない。早々に帰り支度を始めるべきと、バスの時刻を調べていた。
「はい、ノリチンのお弁当」
 ピンクの包みを差し出してきたのは理恵。
「え? ああ、ありがとう」
 戸惑いながらもそれを受け取る紀夫は、昨日の約束を思い出していた。
「うふふ。早起きして作ったんだよ?」
 理恵の健気な一面に軽い感動を覚えながら包みを開けると、それなりに豪勢なお弁当が顔をだした。
 たこさんウインナーに厚焼き玉子。野菜の海苔巻きに味付けごはんとなかなか見栄えも良い。
「これ、理恵さんがつくったの?」
「んふふ、みなおした?」
「うん。驚いたよ」
 人には何かしら特技があるものだと関心しながら昼飯をとることにする紀夫。
 まずは定番の卵焼きから……と思いきや、横から出た手がそれを奪う。
「あ? あれ?」
「んもぐもぐ……うん。美味しい」
 隣を見るとほんのり汗をかいた里美が口をもごもごさせていた。
「サトミン酷いよ!」
「理恵、これ本当に一人で作ったの?」
「えっ?」
「なんだかよく食べたことのある味なんだけど? これって駅前のお弁当屋さんのじゃない?」
「あはは……、ばれちゃった……」
 舌を出す理恵は照れながらそれを認めるが、なんのことか分からない紀夫は首を傾げるばかり。
「あ、そうなんだ……」
「でもでも、たこさんはあたしが切ったよ」
「そんなのあたしだってできるわよ。ただ切れ込みいれるだけじゃない」
「なによー、準備するの大変だったんだからね!」
「まあまあ香山さんも理恵さんも……」
「島本が鼻の下伸ばしてるからいけないんでしょ?」
「理恵、がんばって選んだのになあ」
 険悪になりだす二人を宥めようとするが、かえって逆効果らしく、何故か矛先が自分に向いてしまう。
「うん。でも理恵さんが用意してくれたのは本当だから嬉しかったよ。ありがとう」
「そう? そうだよね。うふふ。恩に着なさいよ?」
「んもう、すぐでれでれしてさ。ヤラシイの……」
「香山さん。さっきから酷いよ? 理恵さんはせっかく……」
「アーうるさいうるさい! あんたなんか知るか! そんなに理恵がいいなら理恵と結婚すれば? そのときは駅前の仕出し弁当をご祝儀に出したげる!」
「サトミン?」
 怒り心頭な里美は小学生の口げんかで押し切られたようになり、自分のリュックからバナナとスポーツドリンクを取り出すと侘しい食事を始める。
「そっとしておいてあげたら? 里美ちゃん、試合前で気が立ってるのよ……」
 事を荒立てる紅葉が先輩風を吹かせようとするとどこか薄ら寒く、騙されまいとばかりに半眼を送ってしまう。
「……ねえマネージャー君、なんで里美ちゃんが不機嫌なのか知りたい?」
「はあ……まあそうですね」
 試合を直前にナーバスになっている。そこまでは彼も分かる。けれど、紅葉が言うのは別にあるらしく、また刺々しい里美と接するのはそれなりに気苦労が募る。
「里美ちゃん。マネージャー君借りるね?」
「勝手にしてください!」
 この余計な一言がなければ「やっぱり先輩」という風格も保てたというのに……。

続き

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