外ではセミが喧しく鳴くそんな夏の日、紀夫と里美、そして理恵はクーラーの効いた図書室で涼んでいた。
期末テストも無事に終り、夏休みも今日で三日目。
女子陸上部のグラウンド使用は午後からとなっているため、朝は寝坊ができる。その学生だからこそ許される堕落の日々を満喫しようとしていた紀夫をたたき起こしたのは理恵の目の覚めるような「オハヨーコール」。
やはりというべきか理恵はしっかり赤点をとっており、午前中は補習が待っていた。それだけなら彼女個人のことなのだが、彼個人のスペックを考えればそのお願いを断れようはずもなかった。
「……でね、こうなるわけ。わかった?」
「えっと、うん。なんとなく」
「なにがこうなるわけ、うん、なんとなく……よ。まったく、見てるほうが恥ずかしくなるわ」
数学のノートを開きながら指導する紀夫と、される理恵を見つめているのは里美の醒めた視線。彼女は特に補習の必要もなく、かといって図書館に用のあるタイプでも無い。何故いるのかというと、昨日の部活に紀夫と遅刻魔の理恵が一緒に居たことを勘ぐってのこと。ようするに乙女の勘というものが働いたのだ。
「サトミン怒ってる? っていうか嫉妬? うふふ、やいてるやいてる~」
「はいはい、やいてるやいてる。うんうん、仲良きことはうらやましいわ~っと」
ぶっきらぼうに言う里美は以前のような突っかかる刺々しさがなく、余裕がある。
「里美さんも課題をやったら? 俺もいるしわからないことがあったら一緒に……」
「紀夫、君頭いいからって調子に乗ってない?」
「いや、別にそこまでは」
「まあいいわ。別に君の手なんか……」
鞄から課題を記したノートを取り出し、ペンを回す里美。けれど威勢の割りに眉間に皺が寄り始めるのに五分とかからず……。
「えっと、参考までに聞くけど、君ならこの問題をどう解くの?」
「ん、それは……こうかな。ほら、ここの赤線引いた場所、北センが重要とか言ってたばしょ。ここを応用すれば……」
「ほうほうなるほど、さすが……ね。っていうか、あたしもそう思ってたけどさ」
あからさまな強がりに「クスス」と笑う理恵。里美がそれに気付き、じっとにらみ返せば「サトミンこわーい」とのたまいながら紀夫の背に隠れる仕草をする。もっとも彼の小さな背中では頼りがいもないというもので……。
「そんじゃ、またあとでねー」
午前中の補習授業に出るべく一人図書室を後にする理恵。紀夫は手を振るものの、歯以後からは冷たく刺さるような視線があった。
「……はぁ……君もやっぱり男の子だね」
さも落胆したかのように今更なことをいう里美に紀夫も困惑してしまう。
総体後の二人の関係は悪くない、どころか改善されていた。
女子八百メートル入賞という明確な栄光と折りたたみ傘の下での口約束。彼女自身、彼を「好意を寄せる異性」と見ているわけではないものの、青く心地よい息苦しさに満足していた。
紅葉には「欲求不満が解消されたとか?」などとからかわれたものの、聞き流すぐらいの余裕ができた。
ただ、
「女の子に勉強教えて……あーやらしい」
二人でいると何故か棘をだしてしまう。
「だから、俺は陸上部のマネージャーとして……」
里美は今日まで何度も聞いてきた言い訳に耳を塞いで聴こえないことをアピールする。
「あーあー、聞こえませんよ。下心丸見えの男子の言い訳なんか聞きませんよーだ」
「もう、里美さんはどうしてそう理恵さんと俺が居るのを嫌がるのさ……」
「な、別にあたしは嫌がってなんか無いわよ。ただちょっとムカツクだけで……」
「そういうのを嫌がるっていうんじゃない? 広義の意味でさ」
「そういうのを自意識過剰っていうんじゃない? まんまの意味でさ」
「誰が自意識過剰だよ」
「君が自意識過剰だよ」
「なんだよ」
「なによ」
「ったく」
「ふんだ」
鼻息を交差させる二人はわざと離れた席に座る……が?
続き
女子陸上部のグラウンド使用は午後からとなっているため、朝は寝坊ができる。その学生だからこそ許される堕落の日々を満喫しようとしていた紀夫をたたき起こしたのは理恵の目の覚めるような「オハヨーコール」。
やはりというべきか理恵はしっかり赤点をとっており、午前中は補習が待っていた。それだけなら彼女個人のことなのだが、彼個人のスペックを考えればそのお願いを断れようはずもなかった。
「……でね、こうなるわけ。わかった?」
「えっと、うん。なんとなく」
「なにがこうなるわけ、うん、なんとなく……よ。まったく、見てるほうが恥ずかしくなるわ」
数学のノートを開きながら指導する紀夫と、される理恵を見つめているのは里美の醒めた視線。彼女は特に補習の必要もなく、かといって図書館に用のあるタイプでも無い。何故いるのかというと、昨日の部活に紀夫と遅刻魔の理恵が一緒に居たことを勘ぐってのこと。ようするに乙女の勘というものが働いたのだ。
「サトミン怒ってる? っていうか嫉妬? うふふ、やいてるやいてる~」
「はいはい、やいてるやいてる。うんうん、仲良きことはうらやましいわ~っと」
ぶっきらぼうに言う里美は以前のような突っかかる刺々しさがなく、余裕がある。
「里美さんも課題をやったら? 俺もいるしわからないことがあったら一緒に……」
「紀夫、君頭いいからって調子に乗ってない?」
「いや、別にそこまでは」
「まあいいわ。別に君の手なんか……」
鞄から課題を記したノートを取り出し、ペンを回す里美。けれど威勢の割りに眉間に皺が寄り始めるのに五分とかからず……。
「えっと、参考までに聞くけど、君ならこの問題をどう解くの?」
「ん、それは……こうかな。ほら、ここの赤線引いた場所、北センが重要とか言ってたばしょ。ここを応用すれば……」
「ほうほうなるほど、さすが……ね。っていうか、あたしもそう思ってたけどさ」
あからさまな強がりに「クスス」と笑う理恵。里美がそれに気付き、じっとにらみ返せば「サトミンこわーい」とのたまいながら紀夫の背に隠れる仕草をする。もっとも彼の小さな背中では頼りがいもないというもので……。
「そんじゃ、またあとでねー」
午前中の補習授業に出るべく一人図書室を後にする理恵。紀夫は手を振るものの、歯以後からは冷たく刺さるような視線があった。
「……はぁ……君もやっぱり男の子だね」
さも落胆したかのように今更なことをいう里美に紀夫も困惑してしまう。
総体後の二人の関係は悪くない、どころか改善されていた。
女子八百メートル入賞という明確な栄光と折りたたみ傘の下での口約束。彼女自身、彼を「好意を寄せる異性」と見ているわけではないものの、青く心地よい息苦しさに満足していた。
紅葉には「欲求不満が解消されたとか?」などとからかわれたものの、聞き流すぐらいの余裕ができた。
ただ、
「女の子に勉強教えて……あーやらしい」
二人でいると何故か棘をだしてしまう。
「だから、俺は陸上部のマネージャーとして……」
里美は今日まで何度も聞いてきた言い訳に耳を塞いで聴こえないことをアピールする。
「あーあー、聞こえませんよ。下心丸見えの男子の言い訳なんか聞きませんよーだ」
「もう、里美さんはどうしてそう理恵さんと俺が居るのを嫌がるのさ……」
「な、別にあたしは嫌がってなんか無いわよ。ただちょっとムカツクだけで……」
「そういうのを嫌がるっていうんじゃない? 広義の意味でさ」
「そういうのを自意識過剰っていうんじゃない? まんまの意味でさ」
「誰が自意識過剰だよ」
「君が自意識過剰だよ」
「なんだよ」
「なによ」
「ったく」
「ふんだ」
鼻息を交差させる二人はわざと離れた席に座る……が?
続き